東大寺「お水取り」 練行衆7人が総別火入り 夕闇に響く法螺貝の音
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080228-00000020-san-l29
夕闇に包まれた東大寺戒壇院の別火坊。「紙衣(かみこ)」と呼ばれる白い紙製の服に身を包んだ練行衆たちが吹く法螺(ほら)貝の不思議な音色が、寒中に鳴り響いた。
閏(うるう)年は例年より1日遅い27日に、前行の「試別火(ころべつか)」から「総別火」に移る。総別火は、土を踏むことさえ禁じられた厳しい精進潔斎の行だ。初参籠(さんろう)の新入(しんにゅう)はすでに総別火入りしているため、この日は9人が入った。
午後6時ごろには役職者以外の平衆7人が、縁側で本行で使う法螺貝の吹き合わせを行った。
総別火は29日までの3日間で、声明(しょうみょう)の稽古(けいこ)など、3月からの本行に向けた準備をさらに進める。
全面氷結した湖が割れ、裂け目にそっと氷が盛り上がっていく現象の事。
急激な温度変化が起こると氷が熱膨張するものの、湖全体が氷結している為に膨張した分の行き場がなくなってしまう事で引き起こされる。
裂け目が湖に突如できる様子から「神の通る道」と言われた。
長野県の諏訪湖では1443年から毎年のように「御神渡り」が見られるそうである。
"御神渡り"とは? "おみわたり"の呼び名 御神渡り発生のメカニズム
http://www.city.suwa.nagano.jp/scm/dat/special/omiwatari/
"おみわたり"の呼び名
「神渡(みわたり)」「御渡(みわたり)」「御神渡(おみわたり)」「神幸(みゆき・かんざき)」などがあり、古来は「御渡」の使用が主でした。現在は「御神渡り」が一般的に使われ、神事関連では「御渡り」としています("り"の送りがなの扱いについては、厳密なきまりはなくケースバイケースのもよう。当ウェブページでは「御神渡り」を使用します)。
御神渡り発生のメカニズム
冬期、気温が低下するなか、諏訪湖の湖面が全面結氷し、寒気が数日続くことで氷の厚さが増してゆきます。さらに昼夜の温度差で氷の膨張・収縮がくり返されると、南の岸から北の岸へかけて轟音とともに氷が裂けて、高さ30cmから1m80cmくらいの氷の山脈ができます。
これを「御神渡り」と呼び、伝説では諏訪神社上社の男神・建御名方命(タケミナカタノミコト)が下社の女神・八坂刀売命(ヤサカトメノミコト)のもとへ通った道筋といわれています。
この伝説にもとづいて、御神渡りの筋の両端については、諏訪湖の南側(上社側)を建御名方命が下り立ったところということで、「下座(くだりまし。"下御"とも)」と呼び、北側(下社側)を上がったところ、「上座(あがりまし。"上御"とも)」と古くから呼んでいます。
御神渡りは『諏訪の七不思議』の一つとしても数えられています。また、氷上に人が出ることが許されるのは、神様の通った後というタブーもありました。
最初に出現した南北方向に走る御神渡りを「一の御渡り」、その数日後、同方向に出現したものを「二の御渡り」(古くは「重ねての御渡り」とも呼んだ)と呼んでいます。
また、東岸からできて一の御渡り、二の御渡りに直交するものを「佐久(佐久新海)の御渡り」と呼んでいます。御渡り拝観の神事ではこの3筋の御神渡りを検分しています。(参考文献『諏訪市史 上巻』)
毎年1月下旬から2月にかけて北海道オホーツク海沿岸に流氷が押し寄せる。
海辺の民家では流氷の氷同士がぶつかり合って動物の鳴き声のような音が聞こえるほど。
雑記帳 流氷陸揚げ 洞爺湖サミットで展示へ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080311-00000021-maip-soci
網走市約10キロ沖のオホーツク海を漂っていた流氷600トンが10日、漁船に引かれて網走港に運ばれ、重機で割られた後、陸揚げされた。冷凍庫に搬入する前に2日間ほど放置して水切りされる。
この時期に陸揚げされた流氷は、例年は市内のオホーツク流氷館や札幌市内で観光PR用として使用されるが、今年は地球温暖化対策が主要テーマになる北海道洞爺湖サミットで、地球の危機を伝える「証人」として、プレスセンターに展示される。
10日の網走の最高気温は8.8度と、4月中旬並みの暖かさ。担当者は「溶けてやせてしまえば、大切な使命が果たせなくなる」と心配顔だった。【高橋正博】